取っておいて良かった!自動車の免許

30年ほども前の話ですが、私が車の免許を取ろうと思い立ったのは、夫の病気がきっかけでした。

取っておいて良かった!自動車の免許

車の免許を所得するのに選んだ学校は、自動車学校の東大でした

30歳を超えての車の教習所、一人で入学するのはなんだか恥ずかしくもあり、通学にも自信が無く、学生時代の同級生も一緒に誘って入学することになりました。
周りは高校卒業した人たちや大学を出たくらいの若い人たちばかり。その中に混ざって、おばさん二人、入学式で耳にした言葉は「この学校を卒業するのはとても難しい。ここを卒業した人たちが事故を起こす確率は少ない。警察署ではここの学校のことを自動車学校の東大と呼んでいます」自動車学校ではあるけれど、東大と名の付くところに入学できた嬉しさ半分、卒業が出来るか不安がいっぱいで自信も無くなってしまいました。
初めての適応検査では、まずますの滑り出しのスタートでした。
直進も、クランクも、S字カーブも一発クリアです。
ところが当時はマニュアル車だったので、苦手なものは半クラッチが必要な坂道発進、信号待ちの、半クラッチ。これがいけません。また、バックでの車庫入れや、縦列駐車も何度もエンストしてしまいます。
指導する人も、若い人には優しく、叔母さんたちには厳しく指導されるように感じました。
何度もお金を支払っての繰り返し。当時年齢だけは授業料がかかると言われていましたが、本当にそのとおりでした。
一体いつになったら仮免がもらえるようになるのか、くじけそうになっていました。
そんな時はやはり友人を誘っていて良かったと感じました。
苦手な項目に違いはあるけれど、頑張ろうねと言い合っていました。

やっと仮免が取れて外の道路を走れた時の喜びは言いようもありません。街の中の自動車学校でしたので、卒業すれば走ることになる道です。
今思えばちんたら走っていたのですが、自分ではさすが自動車学校の東大と言われているだけあって、得意げにハンドルを握っていました。
指導員の先生にスピード出しすぎと注意されて、実習は2度ばかり落ちましたが、自分の車の免許書は宝物です。

それから30年。週に4,5回は車を運転しています。
高速道路も走ります。
大きな事故も起こさず運転ができているのはこの自動車学校の東大と言われる厳しい指導を受けた賜物です。
ちなみに、一緒に免許書を取った友人は、ご主人の車が大きくて運転できず、今はペーパードライバーになっています。